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- 催眠
目次
はじめに — 自律神経訓練法の背景と目的
自律神経訓練法(Autogenic Training, 以下AT)は、ドイツの精神科医ヨハネス・シュルツ(Johannes Heinrich Schultz)によって1932年に体系化された、自己催眠的なリラクゼーション技法です。
その目的は、意識的な言語誘導を通じて副交感神経を優位にし、心身の緊張を解きほぐし、自己調整力を高めることにあります。
ATは、現代のストレス社会において、心身症・不安障害・睡眠障害・慢性疼痛などの改善に広く応用されており、心理療法・教育・スポーツ・企業研修・ヒーリング分野でも注目されています。
自律神経の基礎知識 — なぜ訓練が必要なのか
🧠 自律神経とは?
自律神経は、私たちの意思とは無関係に、呼吸・心拍・消化・体温調節などを司る神経系です。
交感神経(活動・緊張)と副交感神経(休息・回復)の2系統からなり、両者のバランスが健康の鍵を握ります。
⚖️ ストレスと自律神経の乱れ
慢性的なストレスや過剰な情報刺激は交感神経を過度に活性化させ、心身の不調を招きます。
ATは、副交感神経を意図的に活性化することで、このアンバランスを整える「自己調整の技法」として機能します。
技法の構造 — 6つの公式とその意味

一般的な手法は「背景公式」、「第1~6公式」、「消去動作」の構成となっています。
第2公式まで行われることが多く、それ以降は組み合わせを変えて行われます。
- 背景公式:リラックスする準備
- 重感公式:「右腕が重い」
→ 筋肉の弛緩を促す - 温感公式:「右腕が温かい」
→ 血流の改善と末梢循環の促進 - 心臓公式:「心臓が静かに打っている」
→ 心拍の安定と安心感の育成 - 呼吸公式:「呼吸が楽になっている」
→ 呼吸の自然化と酸素供給の最適化 - 腹部公式:「お腹が温かい」
→ 内臓機能の調整と副交感神経の活性化 - 額冷感公式:「額が涼しい」
→ 頭部の覚醒と集中力の維持 - 消去動作
これらの公式は、自己暗示的に繰り返すことで、身体の反応を深いリラクゼーション状態へと導きます。
実践方法 — ステップバイステップの誘導
基本姿勢

姿勢は、筋肉の緊張を最小限にし、呼吸が自然に行えるものを選びます。
椅子・ソファーに座って行う場合
・深く腰掛け、背筋を軽く伸ばす
・目を軽く閉じ、両手は膝の上にのせ、軽く握る
・足は肩幅に開き、足の裏を地面につける
仰向けに寝る場合
・目を軽く閉じる
・手を体から20~30cmくらい離す
・足は肩幅に開く
背景公式(リラクゼーション)
・部屋の明かりを暗くし、体を締め付けているものがあれば緩める。
・体を揺すったり、手足をぶらぶらさせ緊張を解きほぐす。
・深呼吸やいいイメージングをしながら、「気持ちが落ち着いている」と心の中で何度か唱える。

第一公式~第六公式
第1公式 重感練習(重さを感じる)
右手に意識を集中し「右手が重たい」と心の中で何度も繰り返す
左手に意識を集中し「左手が重たい」と心の中で何度も繰り返す
両手に意識を集中し「両手が重たい」と心の中で何度も繰り返す
右足に意識を集中し「右足が重たい」と心の中で何度も繰り返す
左足に意識を集中し「左足が重たい」と心の中で何度も繰り返す
両足に意識を集中し「両足が重たい」と心の中で何度も繰り返す
第2公式 温感練習(温かさを感じる)
・右手に意識を集中し「右手が温かい」と心の中で何度も繰り返す
・左手に意識を集中し「左手が温かい」と心の中で何度も繰り返す
・両手に意識を集中し「両手が温かい」と心の中で何度も繰り返す
・右足に意識を集中し「右足が温かい」と心の中で何度も繰り返す
・左足に意識を集中し「左足が温かい」と心の中で何度も繰り返す
・両足に意識を集中し「両足が温かい」と心の中で何度も繰り返す
第3公式(心臓が静かに打っている)
心臓を意識して「心臓が静かに打っている」と心の中で何度か繰り返し鼓動を感じる。
注意:心臓に疾患がある人は行わないで下さい。
第4公式(呼吸が楽になっている)
自然の呼吸のままで鼻や口を意識し「楽に呼吸している」と心の中で何度か繰り返す。
注意:呼吸器系に疾患がある人は行わないで下さい。
第5公式(お腹が暖かい)
お腹に意識を集中し「お腹が温かい」と心の中で何度か繰り返し、お腹の温かさを感じる。
注意:妊娠中の人、糖尿病の人、胃腸に疾患がある人は行わないで下さい。
第6公式(額が涼しい)
額に意識を集中し「額が心地よく涼しい」と心の中で何度か繰り返し、額に涼しさを感じる。
注意:頭痛、頭部に疾患がある人は行わないで下さい。

消去動作
手のひらを握って開いてを3回繰り返す。
肘の曲げ伸ばしを3回繰り返す。
両手をあげ全身で伸びをする

脳科学的メカニズム — なぜ効くのか?
🧬 自己暗示と脳の可塑性
ATは、自己暗示を通じて脳の神経回路に働きかけ、身体反応を変容させます。
これは「神経可塑性(Neuroplasticity)」の原理に基づいており、繰り返しによって脳が新たな反応パターンを学習します。
🧠 脳波とリラクゼーション
AT中には、α波やθ波が優位になり、瞑想や催眠と類似した脳状態が現れます。
これは、意識の深層と身体の調和が進んでいる証拠とされます。
効果と応用 — 心身への影響
心理的効果
- 不安・緊張の軽減
- 抑うつ感の緩和
- 自己肯定感の向上
- 集中力・直観力の向上
身体的効果
- 血圧・心拍の安定
- 睡眠の質の改善
- 消化機能の向上
- 慢性疼痛の緩和
応用分野
- 心身症・不安障害の治療
- スポーツ選手のメンタルトレーニング
- 教育現場での情緒安定
- ヒーリング・セラピー・瞑想誘導